約束を守れない、という身体──國分功一郎と、意志の手前にあるもの
約束を守れない、という身体
國分功一郎と、意志の手前にあるもの
万物流転
情報不変
能動/受動の二択
身体は意志の外で動いている
約束を守る/守らないは意志の問題として語られる。
しかし身体はその二択の手前で、すでに動いている。
約束を守らなきゃと思う時の、胸がキュッとするあの不快。
──身体の専門家が約束を守れない理由を、養老孟司、鴨長明、國分功一郎と考える。
大沼というやつはとにかく約束をなかなか守れない。
いや、「守れない」と書くと少し傲慢で偉そうな気もする。本当はもっとあざとくさもしい。守らなくてもいいのではないか、と思っている。迷惑だとは思う。何しろ私自身、約束を守られないことに対してちっとも嫌な気持ちにならない。友人が急に予定を変えても、クライアントがキャンセルしても、「ああいいよ気にするな」と思う。それがまったく無理をしている感じがしない。時代錯誤なのは重々承知なのだが、子供時代の「男とは」という教育もあるのだと思う。約束が守られなかったとしても、ああいいよ気にするな、としたほうが格好いいんじゃないかと思う自分がいる。
でも自分が約束を破るほうのときは格好よくない。「ごめん〜」と言いながら、内心ではあまり気にできない。相手が怒っていないかだけに意識が向いている。姑息だなあと思う。
この性質のために、私は組織に属さず、個人で活動している。社会的な約束を取り付けたくないのだ。正確に言えば、取り付けてしまうと、約束のほうに自分を合わせなければならなくなる。時事刻々と変わっていく自分と、そうはいっても変わらない根っこの部分がある。迷惑をかけてしまうし、何より自己中だとおもう。だから約束をなるべく少なくして、約束を守らなきゃと思う時の胸がキュッとするあの不快を避けて生きている。それがお互いのためなのかなと思うのだ。
もちろん、これは褒められた話ではない。サイテーだと思う。社会人としてどうなの?って私も思う。
ただ──この自分の欠陥について考えていたとき、ある一節を思い出した。
万物流転、情報不変
養老孟司が『バカの壁』の中で、約束を軽んじる現代人を揶揄していた。二〇〇三年の本だ。養老はこう言っている。彼らは自分──アイデンティティや性格──は変わらないものだと思い込んでいる。一方で、情報──約束も含めて──は変わるものだと思っている。自分は不変で、約束のほうが可変。だから平気で約束を破れる。
「万物流転、情報不変」。養老はこの言葉で、本来の順序を示した。身体を含む万物は流れ、変わっていく。情報のほうがむしろ変わらない。一度書かれた数式は変わらない。法則は変わらない。約束も、書いた瞬間から変わらない。変わるのは、それを書いた人間のほうだ。
ところが現代人はそれを逆にしている。自分は変わらないもの、情報は変わるもの、と。
なぜこの逆転が起きるのか。養老に言わせれば、それは意識の性質による。意識は「同じ」を好む。昨日の自分と今日の自分は同じ人間だ、と思いたがる。一方で、身体の感覚は常に「違い」を拾っている。今日の肩は昨日の肩と違う。今朝の呼吸は昨夜の呼吸と違う。感覚はずっと「変わった」と言っているのに、意識がそれを「同じ」に塗り替えてしまう。そうやって自分という意識を固定し、約束という情報を軽くする。
養老の診断は鋭い。ただ、私はちょっと違うのではないかと感じている。
私が約束を守らないのは、情報が変わると思っているからではない。自分が変わるものだと感じているからだ。
昨日の自分と今日の自分は違う。身体が違う。朝起きたときの肩の感触が違う。寒い日と暖かい日では呼吸の深さが違う。一本の鍼を打ったあとの指先の感度と、百人を診たあとの指先の感度は、まるで別物だ。私は毎日、自分の身体が変わっていくことを実感して知っている。
めんどくせー、わかんない、行けたらいく、などのいわゆる私の同世代が使っていた若者言葉からわかるのは、無責任さではなく、利己的でもなく、自分も他者も移り変わるもので、無理せずお互いゆったりいこうや、という強い信頼があるからこそなせる技なのではないだろうか。
自分が変わるのだから、約束が変わるのは当然ではないかと思う。友人の気は変わる。クライアントの気は仕事によって変わるだろう。予想外に疲れることもあれば、もっと行きたい予定ができることもある。そっちを優先してもらったほうが、彼らを大切にしている私としては、何ら違和感がない。
沖縄には「うちなータイム」と呼ばれる時間感覚がある。約束の時間に三十分、一時間遅れることが珍しくない。本土の人間からすると「ルーズ」に見えるかもしれない。でも沖縄で暮らしている人たちの中では、それで関係が壊れるということがない。来たら来たで始まる。来なければ来なかったで、また今度。そこには約束よりも、今この瞬間の身体の状態を優先してもいいという暗黙の了解がある。怒らない。責めない。だから相手も無理をしない。
これは「だらしない」のではなく、お互いが変わるものだという前提を共有しているから成り立つのだと思う。
養老は、アイデンティティを固定して約束を軽んじる人間を批判した。私は少し違う場所に立っている。自分もまた流れるものだという身体的な実感がある。だから約束も流れる。それだけのことではないか、と。
ゆく河の流れは
ここでふと思い出すのが、鴨長明の方丈記だ。
「ゆく河の流れは絶えずして、しかも元の水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたる例なし」
これだけだと私もなんのこっちゃかわからない。現代語訳していくとこんな感じになる。
「川の流れは止まることがないけれど、流れている水そのものは一瞬ごとに入れ替わっていて、さっきの水ではもうない。水面に浮かぶ泡も、消えたかと思えばまた別の泡ができて、同じ泡がずっと残っていることはない。」
つまり、すべては絶えず変化していて、同じ状態にとどまるものは何もない、ということかと解釈している。
鴨長明はこの川と泡のイメージを、人の世の無常の比喩として使っているのだ。人も家も街も、一見そこにあり続けるように見えて、実は絶えず生まれ変わっている。「変わらないように見えるもの」の中にこそ、常に変化がある──そういう洞察を、非常に簡潔で美しい文体で表現した一節。
ここには身体のことが書かれている。長明は単に無常を嘆いたのではない。長明自身が、社会的な約束を手放した人だった。下鴨神社の禰宜の継承に失敗し(一説では妨害や根回しによって)、宮廷歌人としての地位を失い、最終的に一丈四方──わずか三メートル四方の庵に住んだ。社会的な役割をほとんど持たない、社会不適合者となった。昔の言葉でいえば「世捨て人」今でいう「引きこもり」や「ニート」かもしれない。
方丈記のトーンは諦観に聞こえるかもしれない。「中途半端なダメ人間」という自覚が全編を覆っている。名門の家に生まれながら出世の道を絶たれ、世を捨てて山に隠棲したものの、本当に悟りきれたわけでもない。小さな庵での暮らしに愛着を感じてしまう自分がいる。仏道を志しながら、心は煩悩から離れられない。そう語っている。
けれど長明は、その方丈の庵で身体を動かし、山を歩き、自然と交わっている。約束も地位もない場所で、身体だけが残った。そこで長明が見ていたものは、万物が流転する風景──河の水、泡、煙──そのものだった。
面白いことに、「ゆく河の流れ」は西洋にもある。紀元前五世紀のギリシアの哲学者ヘラクレイトスは「同じ川に二度入ることはできない」と語ったとされ、その思想は後世「パンタ・レイ(万物は流れる)」として伝えられた。養老が「万物流転」と書いたとき、その源流はここにある。東と西で、身体が変わるということを、河で語った人がいた。
ただ、流転を知ったところで、私たちの生活はそう簡単に変わらない。なぜなら、約束は流転しない側──意識の側──に属しているからだ。
そして、約束を守る/守らないという問い方そのものが、ある特定の枠組みに私たちを閉じ込めていることに、あるとき気づかされた。
「する」と「される」の手前
哲学者の國分功一郎が二〇一七年に出した『中動態の世界──意志と責任の考古学』(医学書院)は、私にとって補助線というより、地面がぐらっと揺れるような本だった。東京大学で哲学を教える國分は、スピノザを専門とする人で、小林秀雄賞を受けたこの本で、私たちの言語と思考を根底から問い直した。
國分が掘り起こしたのは、古代ギリシア語にあった「中動態」という文法形式だ。
現代の言語には能動態と受動態がある。「私が約束を守る」か、「約束が守られる」か。する、か、される、か。この二択しかない。ところが古代ギリシア語では、能動態と受動態ではなく、能動態と中動態が対になっていた。
能動態では、行為は主語から出発して外に向かう。「私が約束を守る」──意志が行為を起こし、対象に到達する。中動態では、過程が主語の中で展開する。「変化が私の中で起きている」──私がそれを起こしたのでもなく、外からそうされたのでもなく、プロセスが私という場で繰り広げられている。
この区別を知ったとき、約束をめぐる自分の感覚がすとんと腑に落ちた気がした。私は約束を「守らない」(能動的拒否)のでもなければ、「守れない」(受動的無力)のでもない。自分の中で何かが変わっていき、その結果として、約束との関係が変わる。それだけのことなのだ。
國分は、中動態が言語から消えていく過程で、行為がすべて「意志」に帰属されるようになったと論じている。「あなたがそうしたのだから、あなたに責任がある」。この論理は、能動/受動の二択がなければ成立しない。意志があるから責任がある。責任があるから約束を守らなければならない。
身体は中動態で動いている
少し臨床の話をしたい。
施術室でクライアントの身体に触れているとき、硬かった肩が、私が意図して緩めたのではないのに、ふっと緩む瞬間がある。クライアントも「力を抜こう」としたわけではない。ただ、手のひらが触れている。呼吸がある。時間が流れる。そのなかで、何かが緩む。
この「緩む」は、能動でも受動でもない。クライアントが「緩めた」のでもなく、私が「緩めさせた」のでもない。変化が、二つの身体のあいだで起きている。
身体動態瞑想で行う「ゆする」「さする」も同じだ。自分の手で自分の身体に触れているとき、触れている手と触れられている身体の区別がだんだん曖昧になっていく。ゆすることとゆすられることが溶け合う。これは中動態的な経験だと、國分の本を読んで思った。
心臓は「鼓動しよう」と意志して動いているのではない。呼吸は「呼吸しよう」と意志しなくても起きている。眠りは「眠ろう」と意志すればするほど遠ざかる。身体は中動態で動いている。意志の外で、ずっと。
約束を守る社会、身体を忘れる社会
もちろん、こんなことを言っていたら社会は回らない。私だって施術の予約には時間通りに座っている。これだけは守れる。クライアントの身体が待っているからだ。
ただ、現代社会が約束に置いている重みは、少し異様ではないかと感じることがある。約束を守る人は意志が強く、信頼でき、人格的に優れている。守れない人は意志が弱く、信頼できず、問題がある。この等式が、あまりにも当たり前に染み込んでいる。
「期限を守る」「納品する」「コミットする」──約束の遂行は成果であり、成果は評価であり、評価は市場価値だ。記事17で感情資本主義の話を書いたけれど、約束もまたこの体系の中にある。
養老の言う「脳化社会」において、約束は神聖なものになる。「来週の水曜日の十四時」という約束は、来週の水曜日にあなたの身体がどんな状態であろうと、同じ場所に同じ時間にいることを要求する。身体が変わっても、約束は変わらない。それが「万物流転、情報不変」の構造そのものだ。
しかし國分が掘り起こしたように、「意志」という概念そのものが歴史的に構築されたものだとすれば、約束の道徳性もまた構築されたものだ。「守らなければならない」は自然法則ではない。
変わっていく身体で生きるということ
この記事は、約束を守らない自分への弁明ではない。──いや、少しは弁明かもしれない。
約束は変わらない。しかし身体は変わっていく。この二つの事実のあいだで、私たちは生きている。
おそらく多くの人が、身体が変わるということを日常的に感じているのではないかと思う。天気で気分が変わること、疲れで判断が変わること、よく眠れた翌朝の世界の見え方が違うこと。ただ、それを「自分が変わった」とは受け取っていない。気分が変わった、体調が変わった、コンディションが変わった──と、身体の変化を自分の外側に置いている。
しかし身体が変われば、自分は変わっている。記事09で書いた「同じ街が違って見える日」は、身体が変わった日のことだった。
約束が壊れることを恐れるより、身体が動き出すことを信じる。そのほうが、私には自然に感じられる。
鴨長明は方丈の庵で流れる河を見ていた。國分功一郎は意志の手前にある過程を掘り起こした。養老孟司は「万物流転」と書いた。三人が別の角度から見ていたものは、おそらく同じものだ。変わり続ける身体の中で、それでも何かが確かに起きている、ということ。
それは臨床で手のひらが教えてくれたことであり、自分の身体が毎朝教えてくれていることでもある。

